会いたくてたまらなかった。あの子が残した唯一の………
 ※若干流血的なシーンがあります。注意してください※

 「そこのお若いの。…ナリは随分小さいが、年は見目より幾ばくか上なのだろう?」
 「おやまぁ、随分と難儀な呪いをお持ちだねぇ…魂喰らいの蛇と影縛りの鎖かえ?」
 「わかるんですか?!」
 「呪いを解く事は無理じゃがのぅ…すまないねぇお若いの、たかだか一介の道端の占い師には呪
いの姿は見えども開放してやれるほどの魔力はないのだよ」
 「いえ…、どんな種類のものかわかっただけでも違いますから」
 「ふむ…大分お困りのようだねぇ…。……その呪いを解くには随分骨が折れるだろうが、全く道
がないという訳でもないよ、元気をお出し。…そうさな、アドセルの術師かカウルのエピシオ老か
……もしくはライディアの医師かナルビクの魔法使い辺りに見てもらうと何か手がかりがあるかも
しれぬの。……呪いに打ち勝つには何よりも本人の精神力が影響するところが大きいからねぇ…諦
めないことさね」
 着の身着のままであの時崩壊した自分の世界からあまりにも大きすぎる無慈悲な世界に放り出さ
れた少年は、その時の状況が真実であったのか作られたものであったのかわかるはずもなかった。
 だがたとえ作られたものだとしていても、それにしか縋れなかったのは純然たる事実なのだが。







The moon of restraint and light of a thaw 







 街についてすぐいつもの馬屋に乗ってきた馬を預けると、人の群に内心うんざりしながらボリス
は真っ直ぐに目的地を目指した。昼の大通りは時間帯も相まって賑やかな人並みに埋め尽くされて
いる。行き交う人、道端に連なる露店や気の早い宿屋の呼び込みなど、そんな声に様々な音が混じ
り合ってさながら音の洪水のようだと毎回訪れるたびに少年は思う。
 物心つくころには既に町から離れた森の奥に母親とひっそりと暮らしていた少年にはこの町の賑
やかさは目眩がしそうな程の音や人が溢れているように感じられたのだ。だが最初の頃こそ多少物
珍しくもあったが、最近は見慣れた光景として定着しつつあった。
 少年が屋敷を抜けだそうとした日から今日で7日を数えようとしている。その間ボリスは内心の
焦りを持て余しながらも毎日のように街に下りては情報収集を続けていた。本来ならこんなに粘る
よりもさっさとつぎに移動したいところなのだが、あの日から足止めされている。
 理由はボリスではなく一緒に旅をすると宣言したルシアンの両親への説得だった。翌日ボリスと
旅に出たいと言い出したルシアンとボリスの旅には協力するが息子の同伴に反対するカルツ氏が互
いに一歩も譲らず今日まで話し合いという名の親子喧嘩続行中なのである。
 今もカルツ夫人の使いで街に出るまで親子の口論は終わらずにいる。きっかけとなったボリスに
も多少は影響が及んでいてあの日の出来事以来前以上にボリスが自分の側から離れるのを嫌がるル
シアンを何とか宥めてようやくでてきたところだった。
 本来なら昼ではなく、夜の酒場に行ったほうが情報は集めやすいのだが、夜は是が非でも付いて
いこうするだろう少年を思うと効率が悪くても昼に出かけることが精一杯なのだ。
 だが息子と喧嘩しながらボリスには協力を惜しまないと約束してくれたカルツ氏に感謝していた
ボリスは、これ以上氏に迷惑を掛けたくないとも思っていた。一方ロニアニ夫人は最初はやはり反
対をしていたのだが、その後ルシアンと二人だけでしばらく話し合った結果、今はルシアンの味方
についていた。ルシアンの粘りの勝利なのか夫人になにか思うところがあったのか判然としないが
、それでも夫人が味方になってくれたのはかなり大きい。反対し続けているカルツ氏も勝敗が見え
て来ているのか、強行な態度から段々諭すような説得するような言い回しに変化してきていた。
 あの調子ではきっと数日中に陥落するだろうというのが周りの見方だ。ボリスも申し訳ないと思
いながら同じ思いだった。
 小柄な体で人の波に逆らって進むのは容易なことではない。ボリスくらいの年頃の子供なら親や
保護者に手を引かれながらでないと簡単に押し流されてしまいそうだが、ボリスは逆に小柄な体を
生かして人と人のわずかな隙間を縫うように進んでいく。
 しばらく進んで立派な門構えの上流階級向けの商店に入ると夫人に頼まれた使いを済ませると、
そのまま来た道を半分ほど引き返したところで大通りから逸れて露店の間にある細い道へと足をむ
けた。
 そこはメインストリートの賑やかさが嘘のように一つ路地を抜けた先の細い道は昼でもなお薄暗
く、ひっそりと淀んだ空気を漂わせていた。
 汚れたボロ布を纏って道端に蹲る人や胡乱な目をした浮浪者がうろつく治安の悪いその区画を、
慣れた足取りで進んでいく。本来なら身なりの小奇麗な見た目も華奢なボリスを、うっかり迷い込
んだ哀れな金持ちの子供だと見なしてそこらのならず者達が放っておく事などしないはずなのだが、
そんな愚かな事をここらの一画の者達はしなかった。というより、最初のうちにしこたま痛い目に
あっているから懲りていたのだ。
 退廃的な静けさの中、小さな靴音を響かせて迷いなく進みながらかなり奥まで進んでいったが、
いつも曲がる角でふと足を止めた。 
 ボリスの神経にほんのささやかな波が立って二股になった道の曲がるつもりだった通路と逆の道
に視線を向けた。路地を抜けた先にはメインストリートより少し小さいながらも活気のある表通り
が眩しい陽光のなかに浮かんで見える。その通りを挟んだ暗い路地に、溶け込むように黒いローブ
の人物が佇んでいた。ほんの一瞬のことですぐに人の波にまぎれて見えなくなったその人物が妙に
ボリスの本能に訴えるような気がして、知らず路地を抜けて表通りにでてしまった。
 途端にボリスの五感に眩しい陽光と活気溢れる様々な音がボリスに降り注いだ。大量の音に囲ま
れて思わず鬱陶しそうに眉を寄せつつ、あの黒衣の人物がいた場所を目指して人を掻き分けるが、
5分も経っていないはずなのに、目的の人物は見当たらなかった。
 幻か何かかと思いながらも何故か気になって落ち着かず、辺りをしばらく見回していたが、結局
見当たらず、諦めて踵を返しかけたその視界の端に、遠く離れた人の波に埋もれるようにしてあの
黒装束の人物がひっそりと佇んでいた。
 思わず動きを止めたボリスに向かい合うようにして佇む人物は、ゆったりとした動作で片腕を上
げて指さすジェスチャーをした。流れるような指の動きをぼんやりと目で追いかけると、指の先に
見えた屋敷に思わず目を見張り瞬時に緊張する。
 その人が指した先にはアノマラド屈指の大商人の邸宅。ボリスがいま拠り所としているあの場所
を指すこの人物は果たして敵なのか。
 臨戦態勢に入りながら、唯一黒衣に覆われていない目元を見ようとしたが、不意に強い風に煽ら
れてそばの露店の布が一瞬視界を遮った。
 すぐに布を押しのけて確保したがその先にはもうあの人影は見えなかった。さらに緊張しながら
辺りを探ろうとしたボリスに
 「すぐにお戻り。…そなたに良い知らせがあるようだ」
 「?!」
 真後ろから降りてきた声に、咄嗟に振り向くこともできず硬直するボリスの視界にあの黒衣が風
煽られてに翻る。
 「そなたが向かおうとしていたあそこには、闇が淀んでおるからの…今日は向かわんほうが良い
だろうの」
 頭から爪先まですっぽりと黒衣に包まれたせいで性別すらわからなかったが、古めかしい言葉遣
いとは裏腹に張りのある若い声は女のものだった。その静かな声に自分の行動を見透かされたよう
で思わず反論しようと、すばやく振り返り睨みあげようとして、息をのんだ。
 「早くお戻り…あの子も待っておるよ」
 静かに諭す言葉と同じ真摯な目の光に、反発しようとした言葉が喉で消える。
 冬の湖面を写したような瞳に魅入られたような錯覚を覚えながらも、それ以上逆らうことはでき
ず、そしてあの子の言葉に瞬時に親友が頭をよぎった。
 この人物が言っていることが真実なのかは疑わしいところだが、今は何よりもルシアンのことが
気になって仕方がなくなってくる。
 思わずカルツ家の邸宅に顔を向けすぐにまた黒衣の女をみようと振り返ったが、すでに跡形もな
く消えていた。
 まんまと乗せられた感が否めないながらも、気になって仕方がないのも事実なので急いた足でそ
のまま馬屋に戻り邸宅まで走らせた。
 「あっボリスおかえり!」
 いつもより早いボリスの帰りに驚きながらも嬉しそうに親友が走り寄る。その姿を確認して自然
と安堵の息をついたボリスにルシアンは駆け寄った勢いのまま少年の小柄な体を抱え上げてすぐに
自室に向かった。
 「あのね!すっごくいい知らせがあるんだ!」
 ここ数日ずっと口論していて笑顔の減っていた彼が久しぶりに全開の笑顔でボリスを抱きしめな
がら報告する。
 「わかった、わかったからまずは降ろしてくれないか?」
 驚いて抱き上げられるまま部屋に運ばれる道すがら、ボリスがなんとか降ろしてもらうよう要求
するが、ルシアンは自分が抱えて運んだほうが早いといって聞かず、結局部屋についてからようや
くボリスは足をつけることができた。
 「それで?なにがあったんだ?」
 ようやく自分の足で立つことができてほっとしながら、居間のソファに腰掛けるとルシアンも隣
に腰掛けて嬉しくてたまらないという表情そのままに、弾んだ声で答えた。
 「あのねっ父上もようやく許してくれたんだ!僕達、三日後には出発していいって!」




 何時もならば紫煙と安酒の混じりあった薄暗い店内は、その手の仕事を請け負う輩が席を埋めて
いるはずだが、今日は営業時間であるにも関わらず、動いている人影は2つしかなかった。ボリス
が訪れる時間であるならば、これくらい閑散としていても仕方のないことなのだろうが、客どころ
かカウンターやフロアの給仕すら見当たらない。不自然な沈黙の中、少ないランプの光からさらに
離れた奥のテーブルであの黒衣を纏った女が染みにまみれたテーブルの上に古びたカードを並べて
いた。手札をめくり表れた絵柄を眺めてふむ…と黒衣の女は考え込む。
 「光には出会っておるようだの…今はまだ弱々しいようだが…まぁこれからよい助け手になるで
あろうの…」
 凍える湖面の瞳を笑みに細めて微笑ましいというようにカードを眺めて指でなぞる。先ほどのあ
の反応であるなら、これから先のことも上手く乗り越えることができるだろう。
 「あやつの目論見どおりになるのは業腹だが…そなたがあの子に告げなかったおかげで我もこう
して動けるのだから…それに免じてひとおもいに楽にしてやろうかね」
 むせ返るような血の海の中で、黒衣の女は手札から足元に無機質な目を向けた。この異質な沈黙
の中で生き残っていた老占い師はしわに埋もれた蒼白な顔を恐怖にゆがめて仰ぎ見ている。小刻み
に震える全身を必死に動かそうとしてしかし、次の瞬間には大きく目を見開いたまま、軽い音を立
てて血の海に沈んだ。
 異質な沈黙のなか、一人テーブルに腰掛けたまま赤黒く染まった短剣を見もせずにその辺に放り
捨てると何事もなかったように占いをしていた手札を懐にしまい音もなく立ち上がる。
 「案ずるでないよあの子は渡さぬ。あの子には加護もある。導き手も見つかった。そうたやすく
捕まることもないだろう。…そなたもおることだしの」
 何もない宙に向けてそこに誰か存在するかのように話しかける。するとまるでそれに答えるよう
にほんの僅かに凍っていた空気が動くのを満足そうに目を細めると闇色の衣を翻しそこらに散らば
る元は人であったものをみることもなく、黒衣の占い師は訪れたときと同じく足音も立てずに店を
後にした。
 














 お久しぶりの長編、ようやく話が進みはじめた感じですねw黒衣と書いて剣士とつけたいところ
でしたが…wこれでようやく本筋にw















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