なんでだろう?君が気になって仕方がないんだ







The moon of restraint and light of a thaw




 うだるような夏の暑さも、夜ともなれば多少は和らいでくる。あの月夜の秘密を共有したボリスとルシアン
はあれからひと月後、本格的な夏を迎えたある日、二人だけで泊りがけの遠出に出かけた。
 といってもカルツ家の豪邸から森を一つ隔てた程度で、当然ながらカルツ家の所有地内。狩りをするときに
寝泊りするための小屋も立てられている。
 それでも生まれて初めて使用人や両親もいない、親友と二人だけの遠出に、ルシアンは朝からテンションが
上がりっぱなしだ。
 そんな友人の様子にボリスは苦笑しながら、それでも彼自身どこかまんざらでもなさそうな様子で、まずは
小屋まで馬に乗せている荷物を運び込むことにした。
 「ねーねーボリス!なんだかわくわくしない?!僕こういうのって初めてだから昨日あんまり良く眠れなか
ったんだっ」
 馬上で眠そうな素振りなど欠片もみせないルシアンがそういうのへ、ボリスは仕方ないなというような苦笑
で返した。
 「俺は旅をしてきたから、新鮮には感じないが…」
 そこまで言って、ちょっと言いよどむボリスに、ルシアンが首を傾げながら無言で先を促した。口数の少な
い少年だが、ちゃんと言いたいことは言う性質であるから、おとなしくまっていればちゃんと答えてくれるの
をルシアンも知っていた。
 「こんな風に誰か…友達、と一緒に出かけるのは、俺も初めてだから…」
 あとは照れたようにほんのりと嬉しそうな笑みを浮かべた。
 ルシアンも釣られたように満面の笑みで頷く。密かにお気に入りであるその笑みに、ルシアンの目が吸い寄
せられて何故だかそらせなくなってしまったとき、ようやく目の前に休憩用の小屋が見えてきた。







 昼食は屋敷から持参したお弁当で済ませ、涼しい木陰の道を今度は徒歩で歩くこと数分。耳にせせらぎが心
地よい川が見えてきた。
 「わー涼しそう〜っ」
 目にした途端、一直線に駆け出す友人の後を慌てて追いかけると、ルシアンは到着するなりブーツを脱ぎ捨
てた。
 「冷たくて気持ちいー!ボリスもおいでよ!」
 ぱしゃぱしゃと捲り上げたズボンの裾が濡れるのも構わず、足先で水を蹴って遊ぶルシアンの誘いに、ボリ
スは首を振ろうとして、何かに気付いたように動きを止めた。
 「…そうだな。俺は少し準備をしてくる」
 言うなり、来た道ではなく茂みの中に向かうボリスに、ルシアンが慌てて川から出ようとするのを、すぐ戻
るからと引き止めた。
 腑に落ちないものの、素直にしたがって近くの岩に腰掛け待つこと数分。数本の長い木の枝をもってボリス
が戻ってきた。
 そのまま彼は周辺に落ちている石をいくつか拾うと、石同士をぶつけて削り、先を尖らせる。今度はその石
をもってきた木の枝の先端にこれももってきた蔦で固定すると、一連の作業を興味津々に見つめていたルシア
ンに手渡した。
 「なにするの?」
 きょとんとする少年に、同じくもう一本小さな銛を作ったボリスは川を指差した。
 「今日の夕飯は魚でいいだろう?」
 にやりと笑いかけたボリスの言葉に、面白そうだとルシアンが目を輝かせる。
 「どうやったらいいの?」
 「…こうすればいい」
 邪魔にならないように髪を上に結い上げたボリスに、ルシアンが問うと、小柄な少年は川に入って静かに銛
を構えた。
 一瞬の静寂のあと、素早く銛をつきこむ。再び持ち上げた銛の先には魚が元気に跳ねていた。ルシアンが思
わず歓声を上げるのを、ちょっとくすぐったそうに笑い返して、やってみろと促されるまま、今度はルシアン
が挑戦するものの、予想外に素早い動きに翻弄されて上手く突くことが出来ない。
 「魚の動きを読めるようにしないと難しいぞ」
 躍起になって魚を追い掛け回すルシアンに、冷静なボリスの声がかけられる。そんなことを言われても…と
反論しようとして振り返ったまま、ルシアンは思わず動きを止めた。
 勢い良く跳ね上がる水しぶきが、ボリスのふさふさの耳に掛かってしまったのか手を伸ばして耳の手入れを
するのが外見と相まってすこぶる愛らしい。
 「…どうした?」
 「え?!…う、ううんっなんでもない!」
 思わずぼんやりと突っ立ったルシアンにボリスは首を傾げる。その仕草さえ可愛らしくみえてルシアンは何
故か慌てて視線を逸逸らした。声も上ずってしまっているが、ボリスは特に気にしなかったようだ。気を取り
直したようにルシアンとは反対側で銛を構えた。
 ボリスが魚を取ることに意識を向けたことを確認すると、ルシアンは銛を構えながら時折気取られないよう
に視線だけ動かしてボリスを盗み見た。幼い顔には不釣合いなほどの鋭い眼差しで、狙いを定めて素早く突き
立てる一連の動作は少しのよどみもなく。揺れる黒髪の間から時折見える高く結い上げて普段は見えない項の
白さにルシアンの視線が釘付けになった。
 そのとき少し大きな魚がボリスの銛から逃れようと、大きく跳ねて盛大に水しぶきを上げた。大半は避けた
ものの、やはり少しは被ってしまったボリスの髪から一滴顎から首筋を伝っていくのが、なんだか妙に……。
 「…っ」
 妙にどぎまぎして今度こそルシアンはボリスから苦労して視線を引き剥がすと、魚とりに集中しようとした。
力みすぎて銛を持つ手に要らない力が入ってしまっているが、そんなことなど気にしている余裕はない。
 狙いを定めながら、それでも脳裏には先程の光景が焼きついて離れない。ボリスは大事な友達なのに、しか
も同じ男なのに。どうしてあの時首筋を伝う雫の後が色っぽいと思えたのか。
 今自分は顔が赤い気がするし、心臓もすごくどきどきしてきた。こんなところをボリスに気付かれてしまっ
たらなんといえばいいのだろう?でもボリスはとても綺麗だと思うし、落ち着いてるかと思えば時々天然なと
ころがすっごくかわいくて…
 「ルシアン?」
 はっと我に返ると隣りにはルシアンを見上げるボリス。
 「な、なに?」
 跳ね上がった鼓動を気取られないよう、精一杯平静を装う必死な少年の様子に幸いにもボリスは気付かず、
ルシアンががむしゃらに銛を突き立てた成果をみて、少し目元を和らげた。その笑みにまたルシアンの呼吸が
一瞬止まる。
 「ルシアンは飲み込みが早いな」
 言いながら銛を作ったあまりの蔦で魚をひとつにまとめると、小屋に帰ろうとルシアンを促した。今夜の夕
飯は十分らしい。そういえばいつのまにか大分時間も経っていた。
 「そうかな?ボリスのアドバイスが良かったのかも。また取りに来ようね!!」
 気付かれなかったことに安堵して、ようやくルシアンも何時もの調子を取り戻すと、小さな友人の隣りに並
んだ。














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